お知らせ内容
3月16日 メッセージより
2025年3月16日 メッセージ「実によって木を知る」より
牛田匡牧師
聖書 マタイによる福音書 12章 22-37節
東日本大震災から14年目を迎えた先日3月11日、いわゆる「狭山事件」で犯人とされた石川一雄さんが、第三次再審請求の最中、86歳でお亡くなりになりました。「特定の地域に暮らしている」というだけで、被差別部落への偏見で殺人犯に仕立てあげられるというのは恐ろしいことです。これは石川一雄さん一人の問題ではなく、また昨年、事件から58年を経てようやく無罪が確定した袴田巌さん一人の問題ではなく、この社会の中で、いつ誰に起こってもおかしくない問題であり、忘れたり、無関心になったりしてはならない問題なのだと思っています。キリスト教関係の方々だけではなく、多方面で多くの方々によって活動が今後も続けられていくことと思います。
今回のお話は、イエス様とファリサイ派の人々との問答でした。「マタイによる福音書」12章全体が、「自分たちこそが『正統』である」ということを自負していたファリサイ派の人々を批判する一連のお話となっています。その中で、33節からは「木の良し悪しはその実によって分かる」、「実によって木を知る」と書かれています。つまり、口で何を言っているかや、その人の身分や立場がどうか、ということではなく、実際の行動として「一体何をしたか/しなかったか」こそが、大事なのだということでしょう。傷ついた人や病気の人に寄り添い、手当てをするということも、部落解放や冤罪事件解決のために戦うことも、また子どもたち一人一人に真摯に向き合い、共に成長するということも、それらは全てキリスト教の専売特許ではありません。むしろ、クリスチャン人口が1%という日本の中では、クリスチャンではない人たちによって担われている部分の方が、圧倒的大部分でしょう。その木の良し悪しは、その実によって証明され、判断されます。どのような主義や主張、信仰を持っていたとしても、実が正しいかどうか、行動と結果が正しいかどうかで、真実が測られます。「自分たちこそが正しい」と主張するだけだったファリサイ派の人たちが、イエス様から批判されたことを思い起こし、私たちもまた「自分たちこそ正しい」と思い上がることがないようにしたいと思います。そして、大切なこととして、イエス様がその身をもって示されたように、私たちもまた言葉ではなく行動をもって、イエス様の道につながって歩む者へと、今日もここから変えられて参ります。