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1月4日 新年礼拝メッセージより

2026/01/06(火)

202614日 新年礼拝メッセージ「作られた伝統」より

牛田匡牧師

聖書 ルカによる福音書 2章 4152

 あちこちで見られる「初詣」も、調べてみると明治時代に急速に鉄道が広がっていったのに合わせて、鉄道会社が作り出した歴史の浅い伝統だったようです。イエス様の少年時代の様子を描いたこのお話も、神殿参りという当時の慣習や、大人の学者たちと対等に議論するイエス様の神童ぶりを表しているようですが、それらは歴史的な事実というよりも後代に作られた伝統であり、いわば伝説でした。クリスマスに家畜小屋で生まれたイエス様を、現代でたとえて「クリスマスにイエス様は、ホテルの中に入れてもらうことが出来ずに、ホテルの外の駐車場で生まれた」と言われた人がいました。ですから「現代社会の中で、イエス様はどこに生まれたのか」ということを考えると、それはそれこそ妊娠を誰にも相談することが出来ず、日に日に大きくなってくるお腹に不安を覚えながら、孤独の内に出産し、その新生児を置いていかざるを得ないような方の所にこそ、イエス様は来られたのではないかと思います。固く、冷たく、孤独と悲しみに打ちひしがれ、神からも人からも見放されたようにしか感じられないような、絶望的な、そのような中にあっても、それでも、そこもまた紛れもない神の家、神の働く場、神が共にいます場所である、ということ。そのような中にあっても尚、隣にいてくれる人、声をかけてくれる人、手を差し伸べてくれる人たちがいる。だからこそ、私たちは今日も生きることができる。「主の祈り」で「今日の糧を与えたまえ(必要な糧を今日与えたまえ)」(マタイ611)と祈るように、今日一日を生きることが出来るのも、神と人とによって支えられたから。それこそ「お陰様」であるからこそ、私たちは今日も生かされているということではないでしょうか。

 「作られた伝統」と、その「背後にある真実」。それはいわゆる「陰謀論」のように、隠されていて、ごく一部の人だけしか知られていないようなことではなく、また「イエス様だから幼少期から天才だった」というようなごく一部の人だけを特別扱いすることでもなく、全ての命はかけがえのない大切な命であり、神が紛れもなく共におられて働かれていること、だからこそ生かされているということではないでしょうか。そのために神は最も小さくされた姿で、最も低い所に生まれたのだと思います。そのような神と共にあって、また周りの人々との間にあって、私たちは今日も恵みを頂きながら、生かされて参ります。

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