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1月18日 メッセージより

2026/01/19(月)

2026118日 礼拝メッセージ「あなたを呼ぶ神の声」より

牛田匡牧師

聖書 エレミヤ書 1章 4-19節

 今回はヘブライ語聖書の中から、預言者エレミヤのお話でした。強大な軍事力を持つ大国に囲まれながら、自分たちはどうすれば生き残ることが出来るのか、と人々が右往左往していた時代に、エレミヤは生まれました。今回はその「召命物語」でした。ある日突然、彼に神の言葉が臨み、「私はあなたを生まれる前から聖別していた」(5)と言われ、彼が困惑して断っても、「私があなたを遣わす相手が誰であろうと/赴いて、命じることをすべて語れ。彼らを恐れてはならない。/この私があなたと共にいて、救い出す」(7-8)と言われました。そこから、彼は預言を始めましたが、神に命に従って人々に預言の言葉を伝えると、彼は人々から笑い物にされ、あざけられて(207)、「なぜ、私は胎から出て、労苦と悲しみに遭い/生涯を恥の中に終えなければならないのか」(20:18)と嘆く程でした。彼は自分の思いとしては、預言などしたくなかった。迫害もされたくないし、命も狙われたくなかった。だから、「もう語らない」と思っても、神の言葉が自分の中で、燃える火のようになり、抑え込み、閉じ込めておくことができないので、語らずにはいられないと言っています(20:9)。そのような生涯は、困難も多く、敵も多く、目に見える富も名声も何も無かったかもしれません。しかし、神が共にいて、生涯ずっと共に歩まれていた人生だったのであれば、それこそが祝福された人生だったと言えるのではないでしょうか。

 さて、ひるがえって見て、現代を生かされている私たちはどうでしょうか。多くの人は、エレミヤが聞いたような明確な神の呼びかけを聞いたことはないかと思います。しかし、聖書が繰り返し述べているように、私たちが命を与えられて、今日を生かされていると言うことは、命の神が私たち一人ひとりの名を呼び、いつも共にいてくださっているからこそなのだと思います。「神の言葉」とは、神が歴史の中に確かに働き、日々に起こっている出来事です。私たちも、かけがえのない命を与えられている一人、神様から名前を呼ばれている一人として、日々に与えられたなすべきことを、なしていくことができるように、共におられる神様によって力づけられ、押し出されて参ります。

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