お知らせ内容
10月29日 メッセージより
2023年10月29日メッセージ「私たちはここにいる」より
牛田匡牧師
聖書 ヨハネによる福音書 1章 1-14節
穏やかな秋の気候が続いていますが、世界では戦争が続けられており、死傷者・被害者は日に日に増え続けています。「神様がいるなら、何とかして下さい」という声も聞こえてきます。何千年も前に書かれた聖書の中には、神の助けを得て戦いに勝利する物語がいくつも記されていますが、どちらか一方を滅ぼす形では憎しみの連鎖は決して終わらないということを、私たちは歴史の事実から学んでいます。では、その現実の中で、神様は一体どのように働かれるのでしょうか。
ヨハネ福音書では「いまだかつて神を見た者はいない。父の懐にいる独り子である神イエス・キリスト、この方が神を示されたのである」(1:18)と記されていますが、この世界を創られた神様は、その姿が目に見えませんので、人々はその姿をその時々に応じて「命の神」「知恵なる神」「戦いの神」「裁き手の神」など、様々なイメージで考えて来ました。ヨハネ福音書の冒頭では「言である神」(1:1)、「闇の中に輝く光の神」(1:5)、「肉体をもって、私たちの間に宿られた神」(1:14)と描かれています。つまり、今から約2000年前にこの地上にお生まれになったイエス・キリストこそが、目に見えない神の姿を的確に示している方であり、私たちはその姿を通して、神の姿を知ることができるということです(ヨハネ14:9)。イエス様がその身をもって示されたのは、「闇の中に輝く光」としての神の姿でした。神様の姿が見えなくなって不安に思い、孤独を感じた時でも、「私はあなたと一緒にいる」と言ってくださるインマヌエルの神(私たちと共にいてくださる神)、それがイエス・キリストがその言動を通して示してくれた神様の姿でした。
口では「いつも共にいてくださる神様」と言いながらも、心の中では「神様は今ここにいないのではないか」と感じることが確かにあります。そのような心の揺らぎは誰にでもあるものですから、他人に対しても自分自身に対しても、「信仰が薄い」とか「薄情だ」とか言うのではなく、「神様共にいてください」と祈り、また「神様が共にいてくださることを表す器として、自分が用いられますように」と祈り求めて行けばよいのではないかと思います。困難な状況の中で、私たちは神様に「私たちはここにいます。早く来てください。助けてください」と祈りますが、イエス様の答えは「私はあなたと共にいる」「闇の中の光として、決して消えてしまうことなく、共に歩みを進めていこう」です。神様から光を預かり、命を与えられている者として、私たちは今日も神様と共にあって生かされて行きます。